単色の言葉

テキトーに書いたら載せるだけの場所です。

殺人なんて、あるわけないじゃないですか。中編

18,869字

 

 

 乗り気でないうえに時折スマートフォンに目を落とす先輩と共に、視聴覚室の軽音楽部、美術室の美術部、LL教室の華道部、書道部、茶道室の茶道部武道場の文芸部、アニメーション研究会、乗り物愛好会、図書部、天文部や生物部に物理部等々、特別棟に居を構える団体の全てを回ったものの、有力な情報はどこにもなかった。

 先輩の記憶を正しいとするなら、生活指導主任の今朝の仕事は、部活の事前検査と食品出店クラスの当日試食だったはず。よって残りの後者の方へ聞き込みに行きたいところ、だけれど。

 十時の開場から既に一時間半近くが経過している。文化祭のメインである教室棟は絶賛大盛況中だろうし、突入しにくい。それに試食担当の現場責任者がいるかどうかも分からないし、そのうえ有益な問答が出来るかどうかと考えると。とても効率的とは言い難いのだ。

 だからといって、ここで安易に捜査を打ち切ることもしたくない。なんだかんだ頑張って回ったし。

 どこに行くべきか。どんな情報を求めるべきか。誰を探すべきか。何もかもわからない。

 教室棟に伸びている渡り廊下の特別棟側で立ちつくし、わたしたちはこれからの方針を定められずにいた。

「こういう探索パートって、現実だとここまで何もなくて厳しいものなんだな」

「そう、ですね。進展がまったくないってつらいです」

 ここからでも、賑わっている教室棟の様子が十分に窺える。一般入場者の入りも上々だ。

 その熱気がこちら側にも伝播しているのか、心なしか気温が上がってきているようにも感じられる。今日はそこまで暑くならないらしいし、ちょうどいいかもしれない。

「あー、なんかいい匂いしてきたし腹減ってきたな。書記ちゃん、話題になってるアレ、3ー2のカレーラーメン買っといてって副会長に伝えて。出来れば2ー5のサツマイモのお好み焼きも」

「自分で買いに行ってください」

「えー」

 装備しているトランシーバーはそんな風に使うためのものではない、はず。

 さっきから昼食の注文が副会長さんに次々と飛んで行っているのが聞こえるけれど、きっと空耳だろう。

 なお二人一組で通信用のトランシーバーは各組一つずつ。なので普通は二年の先輩が持つ、のだが。先輩は去年落っことして壊したとかで禁止令が出ているためわたしが所持している。

「帰りにでもなんか買ってくかー。てか、なんか人増えてきてね?」

「そういえば、そろそろそこの調理室で家庭科部の料理教室が始まるはずです」

「なるほど、道理で」

 先ほどまではちらほら程度だった雑踏が群れを成し、特別棟の静寂を踏み荒らしていく。

 主に親子連れで構成された人の波は、なにやら良い匂いに釣られて調理室に収束する。その放たれている香りだけで、一般クラスのものとはレベルが違う、ということがはっきりとわかってしまう。

「当日試食の会場は調理室だったよな。毒やらで殺ったんだったら何か残ってるかもな、これは」

「食べたいならそう言ってもいいんですよ」

 思わず苦笑いするが、先輩の言い分にも理はある。

 被害者の生活指導主任さんには目立った外傷はなく、服装に乱れも見受けられなかったことより、鈍器などで殴打された、というような可能性は低く、どちらかというと犯行は服毒系が現実的だと考えられるだろう。そして盛ることが可能だったのはその試食検査くらいのもの。まあ、そこまで無理はないというか、むしろ自然にも思える仮定だ。

 試食検査は七時半前後から八時丁度くらいまでの約三十分間で、それまでに各団体は準備しておく、らしい。時間帯的にもそのあたりが最も有り得そうだ。

「でも、犯人があからさまな証拠を残したりするものですかね?」

「あんま期待はできねえな。でも管理してた家庭科部から使える証言をもらえるかもしれんぞ」

 まあ確かに、お腹も空いてるしちょうどいいかな、と。早足で調理室へ吸い込まれてゆく先輩を追おうとしたその矢先。

「すみません、役員さん?」

「あ、はい。なんでしょう」

 背後から年配の女性らしき声がかかり、そちらに振り向かざるを得なくなる。そういえばこれでも執務中だった。

 文化祭のパンフレットを片手に、小学校低学年ほどの女の子を連れたそのおばあちゃんは、少し焦っているように問うてくる。

「体育館に行きたいのですが、どうすれば行けますかね?」

「おねーちゃんのげきみにいくの!」

 劇か。体育館で行われる演目とそのタイムスケジュールを、頭の中で呼び起こす。

「2Aの演劇ですね」

「そうなんです。もう始まっちゃいますか?」

「いえ、まだ間に合いますよ。案内します」

 出来るだけにこやかに笑み、二人を連れて体育館へ行くことにする。ここからだと混みに混んでいる教室棟を通ることになるので、わたしが先導して道を開けてもらわなければ開演までに辿り着けないかもしれないからだ。

 しかしもう先輩は調理室に入ってしまっているため、ここからは別行動を余儀なくされる。一応トランシーバーで情報伝達はしておこう。

「仕事で離れるので、いまからしばらく会長と連絡とれなくなります」

『はーい』『了解』『あいよー。ま、支障は出ないだろ』

 返ってくる声には、一切の焦りも戸惑いも不安も混じっていない。信頼されているのかいないのか、よくわからない。

 大変残念ながらここから一旦、先輩とは別行動だ。とても残念ながら。

 

 

   ○

 

 

 家庭科部は、思っていたよりだいぶガチだった。

 名前はよくわからないが、洒落てて美味そうなことだけはよくわかる料理が次々に出来上がってゆく。料理教室、なんて銘を打ってはあるものの、その実態はほとんど家庭科部の実演調理発表会 のようなものだった。まあ楽で助かるけど。

 去年まではちまちまとクッキーとかを焼いて販売するだけだったのだが、今年は有望な一年が入ってきたからとか、交渉がうまくいったからとかで、一気に豪華になっている。

 入室してしばらくしてから、さっきまで一緒にいたはずの書記ちゃんが、入場制限に引っかかったのか何か用事ができたのかはわからないが、いつの間にかいなくなっていたことに気付いた。なんにせよこの会が終わる頃、十二時二十分までは各自に分かれて動くことになるだろう。

 まあ、そっちの方がオレには都合が良い。

 なかなか自由にさせてくれなくて困っていたところだったのだ。

 実を言うと、オレからしてみれば半ば捜査は完了しているようなもので。聞き込みには本心から飽きていたし、そこは申し訳ないとは思う。

 というか、あれだけ熱心になってくれたことがかなり予想外だったし、そのせいで中断し辛かった。

 でもやっぱり、推理の披露、及びネタバレは場を整えてからしっかりやった方が良いと思うし、まだ肝心の詰めの部分ができてないし。決定的な証拠もない。

 昼休憩までに、なんとかできれば、いいんだけど。

 

 

   ◇

 

 

「どうもありがとうございました」

「ありがとーございました!」

「いえいえ。じゃあねー」

 おばあちゃんと女の子、それぞれに挨拶を返し、その場を後にする。

 もう調理室は閉め切られているだろうし、わざわざ戻って入れてもらってまで先輩と合流するまでするべきかと考えると、時間的にもこのまま動くのが得策。

 体育館前の階段を下りながら、これからどうするかを考えてみる。

 先ほども考えたが、どうにも「毒殺」や「薬殺」の線が濃厚であるように思われる。それどころか、その方が自然だとすら。飽くまでこれが「殺人事件」ならば、の話だけれど。

 問題は、未だに何の情報も得られていないこと。犯人、凶器、動機、犯行時刻に現場。

 これからどういう行動をしていくか。

 毒を使ったと仮定すると、文化祭の準備中に犯人が生活指導主任に盛れるタイミングは、試食会か、水分補給をするときくらいか。風邪薬の件は、本人が言っているのでそれとは結び付けにくい。そっちは先輩に任せるとして。

 衆人環視の中でどう混入させ、料理に使い、ピンポイントでたった一人だけに含ませられるのか。そのトリックはわからないし、そもそも今考える必要もない。

 調理室の方は先輩がやってくれるはず。でも、犯人がそんな見つかりやすいところにわざわざ証拠を捨て置くとは思えない。では、そうでないとしたら。調理時に出たごみなどは、持ち帰ろうとするのはリスクが高いしわたしでは追えないから仕方がないとして、家庭科部に回収される場合を考えると。

 随分限定的だけど、いまはやれることは少ないし、先輩のように一点張りをするのがベストだと信じる。

 思考を巡らせつつ、ゆっくりと歩を進めて。

「ここ、は、どうなのかな」

 来た場所は、校内の隅のごみ置き場。校内で出たあらゆるごみはここに集まることになっている。

 文化祭開催中の外出は原則禁止されている。しかも正門以外は全て閉鎖され警備員が付くし、入退場者の人数を合わせるための仕組みがあるため唯一解放されている正門からも出られないから、外にまで廃棄しに行った説は消せるだろう。

 さらに、各教室の備え付けの小さなごみ箱にはごみが驚くべき早さで溜まっていくため、十二時、二時、五時の収集車に間に合うように出すことが強く勧められている。臨時で設置されているごみ箱の中身も同様に美化委員会が担当して捨てに来る。

 よって、犯行に使われたものの何らかが捨てられているとしたなら。まずここにあるはずなのだ。

 と、思いついて、足を運んだのはいいものの。

「あ、っれ……?」

 本来ならば。ごみが詰まった袋が、山のように積んであったのだろう。

 ところが。

 どこからどう見ても、そこには何もない。空っぽだった。

 生ごみも、紙ごみも、ペットボトルもビンもカンも資源ごみも、大量の段ボールの残骸も。何一つ、残されていない。十二時まではまだ十五分以上あるというのに、ごみは忽然と消え失せていた。

 誰かが意図的に持ち去ったのか。いや量的に有り得ない。証拠隠滅の為に他のごみまで持っていかせたとか。でもそんな権力を一生徒が持つはずがない。わたしと同じように、証拠を探すために一旦出ている全部を別の所に集めた、とか。それは非効率に加えて非現実的すぎだ。

 じゃあ、誰が何のために。それとも、偶然収集車が早く来ただけなのか。

「どうかしたかい? ゴミ捨て?」

 見回りでもしていたのか、作業着姿の初老の用務員さんが声を掛けてくれる。

「いえ、そうではないんですけど、その、どうしてごみが無いのか知ってますか?」

「そこにあったゴミかい。それならさっき収集車が来てぜーんぶ持っていっちまったよ。何か捨てちゃいけないものでも入ってたとか? それなら、電話すればなんとか間に合うとは思うけど」

 一瞬考えたけれど、冷静になってみると。厳しい時間制限つきで、そんな大量のごみの中からアテもなく、決定的な何かを探し出す、なんて。

 それは不可能と同義のように思える。到底成せない無理難題に近い。

「大丈夫です。でも、なんでもう持っていってもらっちゃったんですか? まだ時間じゃないですよね?」

「やー、それがねえ。私も聞いてなくてねえ」

 用務員さんは腕を組み、困ったとばかりに首を傾げる。近くの体育館から薄ら届いてくる歓声と笑い声が、やけに空虚なものに感じられる。

「なんだか教頭さんが頼んだらしいんだけどねえ。私にゃさっぱりだよ」

「そう、なんですか。ありがとうございます」

 小さく手を振って、用務員さんは体育館の脇を抜け、グラウンドの方へ歩いていった。途中で振り返って、「ああ、でもゴミはまたそこに出しといていいからねえ」と言い残して。

 ごみを、教頭が、業者に頼んで処分させた。回収して凶器などを探す、とかなら、辛うじてまだわからなくもないが、どうしてなのだろう。教頭先生といえば、今朝わたしたちに解散を言い渡したり、被害者の生活指導主任と一緒に仕事をしていた人、という覚えがあった。

 二十分にも満たない時間を、わざわざ短縮させた意味はなんだ。きっと何か意図があるに違いない。それが今朝の件に関係あるかどうか断定できないけれど、これは何かに引っかかる。

 目的は、素直に考えて、ごみを持っていかせること。捻くれて考えると、ごみの中に重要なものが入っていた、と思わせること。でも後者はわたしのような対象があって初めて成り立つ。他にここに来た人がいるかいないかは不明だけど、恐らくその線はないとみていい。そうだったとしても、その可能性に気付かせている時点で失敗しているからだ。

 では、早く持って行ってもらわなければならないものがあったとして。それはなんだ。

 考えながらごみ置き場を後にしようとして、近付いてくる足音を捉え、思わず物陰に隠れてしまう。後ろめたいことはないけど、つい。

 職員棟の方から歩いてきたのは、朝、共に会議室Cで待たされていた、若手の物理教師、だった。両手に透明度の低いビニール袋を提げており、片方からはガラスがこすれ合う音が、もう片方からは空の缶がぶつかり合う音が聞こえてくる。

 なんとなく想像できる、その中身、は。

「……お酒?」

「うぉわっ!?」

 つい漏らした小さな声に飛び上がり、その音源がわたしであることを認めて、先生は胸を撫で下ろした。

 なんだろう、とても怪しい。

「書記さんじゃないか。驚かせないでくれよ」

「すみません。まさかそんなに驚かれるとは思っていなかったので」

 これは本当だ。明らかに過剰な反応は、やましいことがあるからこそ、だろう。

 無理矢理に絞り出しているような乾いた笑いを顔に張り付けたまま、先生はごみ捨て場の方に振り返り、固まる。

「ご、ゴミ置き場にゴミがまったくないんだが?」

「さっき収集車が来てぜーんぶ持っていっちまった、らしいですよ」

「そんな、いや、そうか。ありがとう。じゃ、僕はこれで……」

「先生」

 こちらに背を向け、さっさと立ち去ろうとしていた先生は、しばし躊躇い、振り返った。

 隠し通せることでもなければ、誤魔化せることでもない。

「なに、かな?」

「その袋の中身、お酒、ですよね」

「あ、ああ、これは……」

 ちょっと気を付ければ、仄かにアルコールの臭いが香ってくる。わたしの疑惑がほとんど確信に変わる。

 片手を持ち上げ、下ろして、言葉に詰まって二の句が継げなくなる先生は、やがて観念したのか、相手が生徒のわたしだからか、両手を軽く振った。

「……その通り、これは酒瓶と酒の空き缶です」

 瓶、缶がそれぞれぶつかり合い、不協和音を奏でる。

 この先生の慌て様。何故か、いまわたしたちが追っている今朝の件に、関係がある、ような気がした。

「頼む書記ちゃん! 見逃してくれ!」

「ええ、もちろん」

「言い訳になってしまう、がっ、え?」

 生徒からの評判も上々、誠実であることをよく聞く、という主観的判断も含めて。顔に赤みが差してはいないし、先生本人からは酒の臭いも漂ってこない。もちろん先生が酒に強かったり、口臭用タブレットか何かを使っている可能性を考慮すればそれだけで判断するのは早計だと言わざるを得ない、けれど。

 なにか、腑に落ちる仮説を、考え付いたから。

「誰にも言いません。だって先生はそれ、飲んでないんでしょう?」

「え、そう、だけど。どうして」

「いまさっきごみ収集車にそこのごみを持っていかせたのが、教頭先生だからです」

「ああ、そっか、なるほど」

 その反応からして。

 恐らく、教頭先生を含むか含まないかの複数人か、はたまた本人一人だけかが酒盛りをした、のだろう。それが当日か前日かはわからないが、こうして他の教員に捨てに行かせ、証拠の隠滅を図った。多分時間を指定し、丁度収集車が回収に来るように。

 咄嗟に構築した、かなり想像によるところが大きい杜撰な仮定だけれども。案外、外れてもいないのではないだろうか。それに。

 それはどうやら、失敗に終わってしまったらしい。

「と、とにかくありがとうな。また出しに来ることにするよ」

「はい。お疲れ様です」

 周囲を警戒しつつ職員棟に駆けてゆく先生を見送ってから、特別棟に戻るべく歩き出す。

 教頭先生、酒盛りに参加していた教員達、捨てに来させられた先生、生活指導主任の被害者。そういえば、先ほどの若手の先生も生活指導担当だった気がする、けれど、それだけでもある。

 きっと、直属の上司にあたる主任が倒れて、本来の仕事に加えて様々なことを押し付けられているのだろうなと考えると、少し可哀想ですらあった。

 あれ、そうなると。酒盛りか何かの後処理をもさせられているのは、偶然、なのか? せめて命じた人くらいは聞いておいた方がよかったかもしれない。

 とりあえず、戻って先輩と合流しなければ。まさかとは思うけれど、何かを見つけたりしている可能性も無きにしも。

 

 

 

 

   ○

 

 

「こ、これは……! なんだ?」

 家庭科部の成果発表会という名の試食会で大量の料理をつまんだ後は、調理室の掃除を手伝うという名目のもと、堂々と捜査。オレの読みが正しければ、ここに毒の類が残されていてもおかしくない。というか、残っていてくれないとちょっと困る。

 調味料の棚に変なものが混入していないか、冷蔵庫の中の食材は直近に使われるものだけでないか、念のため食器や包丁など器具の個数は足りているか。等々、細かくチェックしていった。

 家庭科部はその活動の規模もなかなかのものだが、それ故、かどうかはわからないが生活指導主任からの当たりが強く、顧問も真っ向から対立しているとの話をよく聞く。もしかすると、事件に関わりのある物、人が見付かる可能性はある。

 だが、しかし。「そういうのは化学室にしかないと思いますよ」「何も入ってませんよ、空っぽです」「全部ありましたよ」と。その悉くで敗北を喫する結果に終わった。会の途中で潜り込んだ調理準備室にも、酒の瓶一つ残ってやいない、収穫はゼロ。家庭科部がここを使う時にごみは捨てられているが、その中にも特段おかしなものはなかったという。

 このままでは終われない、会長としての威厳が保てない。そうなると、あとは廃棄物くらいか。家庭科部に代わる前にごみは一掃されて新しいごみ袋に代えられているが、重要な何かが無いとは限らない、はず。せめて今朝の事件に繋がるような何かでも発見しておきたい時間帯だし。

 そして、その底の方で見付けたものは。

「ああ、それはキャッサバですね」

「キャッサバ?」

 すっぱり綺麗な断面をして割れている、さつまいもっぽい色形のそれは、どうやらそんな名前の作物らしい。芋の仲間かな。

 それ自体が特徴的なわけではない、目についたのはそのサイズ故だ。黒板消し並みの塊であれば、当然目立つ。

 後片付けを終え、手持無沙汰になっていたのだろう家庭科部の面々が集まってきてオレの手元を覗き込む。反応からして、あまりメジャーなものではないのだろう。これを一目見て判別出来た部員は成績優秀者で知られていたはずなので、そこは信頼できそうだ。

「南米原産の根菜だね。大きなサツマイモに見えるかもしれない」

 家庭科部部長が補足してくれる。確かに、似ていないこともない。でも、間違えるほどではない。

 キャッサバ、どこかで見聞きしたことのある名前だ。どこで見たのかはわからないが、少なくとも日常生活ではまずお目にかかることはないということだけはなんとなくわかる。

「えっと、多分、地理の資料集。後ろの方にこれの写真とかが載っていたはずです」

「あー、そう言われてみればそんな感じがするわ」

「でも、なんでここに捨てられてるんだろ。うちこんなの使ってなかったですよね?」

「だよね、ていうかこれ生ごみ用のごみ箱じゃないし」

「朝のごみはわたしたちがここ使う前に全部捨てられてるはずだもんね」

「うん、残ってるのはおかしい」

 家庭科部員たちがにわかに色めき立つ。彼女らにとっても想定外のもの、つまり、本来ここにあるはずがないものが捨てられていたのだ、動揺、といよりは未知の刺激への期待の方が強いように感じるが。

 盛り上がってきた彼女らにキャッサバを譲り、キャッキャしている輪から離れていた部長に寄る。あれの中心にいるのはつらい。

「部長さんはどう思います?」

「謎のキャッサバね……私たちは今日使ってないし、これから使う予定もない。というか実物を見るのも初めてだ」

 万が一さつまいも類と間違えた可能性があったとしても、必要な素材を必要なだけ、確認しながら使ったから、あんな風に丸々残るのは有り得ない、そのまま捨てるなんてもっての外だ、と彼女は付け加えた。

 だとすると。あれは家庭科部ではない何者かによって捨てられていた、という線が濃厚になる。今日に備えてごみ袋も交換されているはずだ、となると犯行時刻は今朝から昼前まで。

 もちろんこの件が今朝のものと何も関係ないということも十分有り得る、というか関わっている可能性の方が低いだろう。だが、こういうときにおかしな物品が見付かるのは、ミステリの中ではいわば「お約束」のようなもの。後に重要な手掛かりになったりすることも少なくない。それが現実にも適用されるのかどうかは、まあ、定かではないけど。

 こういうのは、ノリと雰囲気が勢いが良ければ大体何とかなるものなのだ。多分。

「午前には食品出店クラスの事前試食会があったから、その残りなのかも、しれないけど」

「となると、えーと?」

 キャッサバがいつ、どのタイミングで誰に捨てられたのかも気にはなるが、それはそれとして、後で。

 焼きそば、フランクフルト、アイス、ライスバーガー、カレーラーメン、チョコバナナ、ホットケーキ、うどん、たこ焼き、お好み焼き、じゃがバター、タピオカドリンク。各学年四店舗ずつの食品出店のラインナップを思い返してみても、そんな日本ではマイナーな食材を使用しているものはない、と思うのだが。

「調理器具や食器の扱いも杜撰でしたし、やり方が雑なのはなんとかしていただきたいですねー」

「でも、こんな風に食材を余らせるって、どういうことなんでしょう」

 少々きゃいきゃいして満足したのかいつの間にか散っていた家庭科部の部員のうち二、三人が、部長の元に戻ってくる。

 そう、引っかかるのは出所だけでなく、その理由もだ。

 普通は使い切らなかった分は持ち帰り、使い切るのではないのか。これは高校の文化祭なのだ、予算も限られている、こんな粗末なことをするだけの余裕は一体どこから来ているのだろうか。

「……ああ、そっか」

「ん?」

 キャッサバを使っていることを、秘匿するためか。だとするとどの食品にも、キャッサバは本来の食材として入れられていない。

 何故ここに持ち込めたのか。使えたのか。何故ここで捨てる必要があったのか。ごみ箱の一番下に、隠すように置く必要があったのか。その辺りを考えてみると、筋が通る仮説が立てられる。

 思わぬ収穫が、得られたかもしれない。まだ真偽のほどは、確かめなければならないが。

「そのキャッサバ、貰ってってもいいかな?」

「えっ……これを、何処へ?」

 成績優秀の部員が今まさに捨てようとしていたその『さつまいもみたいな物体』を指差す。

 怪訝な目をされるけれど、まあわからなくもない。寧ろよくわかる。ごみ同然のものを一体何処へ持って行くというのだろう、と誰でも思う。間違いなく。

「それは秘密だけど、持ってくってよりは、持っておく、的な。アイテム扱いだよ。部長さんも、構わないですよね?」

「いい、けれど。ちゃんと処分はしてね?」

「勿論。そんじゃ……」

「…………はい」

 直前まで渡すことを躊躇していた部員から、キャッサバを受け取る。何か違和感を感じるが、引っかかることもなく流れていった。

 兎に角。これを使って容疑者を探し出してみるとするか。

「ありがとうございましたー! では!」

「一応ごみ箱の底に入ってたんでしょう、手もそれも洗って行った方がいいんじゃない?」

「それもそっすね」

 部員たちと一緒に手とキャッサバを洗ってから出た。

 

 

   ◇

 

 

 先輩がいない。

 ごみ捨て場から戻ってきたときにちらりと調理室を覗いてみたものの、姿が無かったため、手洗いかもう出たものと思い、探し回ったけれど。

 再び調理室で、家庭科部員に話を聞いてみれば、先輩はずっと調理室にいたそうだし、わたしが来る直前に出て行ってしまったとか。とことんタイミングが悪い。

 それも、キャッサバを持って。何故キャッサバ。

 調理室を後にし、次に行くところを決めあぐね、取り敢えず一般棟の方へ歩き出す。先輩はどこにでもいそうだしいなさそうでもある。

 先輩はトランシーバーを持っていない。やはり別れたのは悪手だったか。当然のように先輩はスマートフォンを使っていたけれど、本来は文化祭中も携帯電話は使用禁止なので、わたしが連絡手段を失った今、先輩と合流するのは困難だろう。

「すみません、会長とはぐれました。何処にいるか把握している人いますか?」

『またあいつどっか行ったのか』『ごめん、わからない。見付けたら連絡するね』『書記ちゃんは一人で大丈夫?』

「よろしくお願いします。見回りだけですし、わたしは平気です」

『うちと書記ちゃんのペアはあと三十分もないうちに昼休憩だ、そん時には戻って来るだろ』

 生徒会各員と交信しながら、見回りや案内の仕事もこなしつつ、校内を歩き回る。

 この高校の文化祭では、生徒会役員は一般生徒と参加形態を異にしている。所属クラスや部活動の活動には注力せず、文化祭実行委員会と協力して、文化祭自体の成功を支えるのだ。

 食品を買うことは普通に可能、しかしアトラクション型のクラスを楽しむことは出来ない。不可能ではないだろうけれど、何となく行き難い。

 単純に参加者側に立てないのは寂しくはある、でもこうして生徒会役員専用のポロシャツを着て、運営側として関わっている今の状態も、悪くない。どころかこれはこれで結構楽しいし面白い。やり甲斐だってある。

 だから、この文化祭はちゃんと終わってほしい。

 きちんとした形で、閉幕を迎えてほしい。

 そう思えば思うほど、今朝の生活指導主任の件が浮かび上がり、影を落としてくる。

 大した事態ではなかった、という結末が望むところだ。なんともなければ、それが一番良い。

 でも、先輩の言う通りこれが深刻な問題だったら。今日中に解決させなければ、明日も、微妙な憂いを抱いたまま過ごすことになってしまう。わたしと、先輩だけが。楽しめない。

 まったく、先輩も余計なことを持ち込んでくれたものだ。知らなければ、気にしなければ、余計なことに気を配らずにいられたのに。

 だから、せめて。しっかり、素早く。終わらせよう。

 先輩との合流は諦めて、職員棟、文化祭実行委員会本部、会議室Aへと向かう。確かめるのは、教師陣のスケジュール、仕事割り当てと、その現場を記した予定表だ。

 

 

   ◯

 

 

 舞台は整った、多分。発覚編、探索編を経たのだ、後は解決編を残すのみ。

 もう一つの方は証拠を得られなかったが、正直なところ、後から出てきた説だけで十分、というかこちらが本命だろう。

 キャッサバを片手に、廊下を闊歩する。一人ではない、二年五組の教室責任者の男子と、文化祭実行委員の女子を引き連れて。

 教室責任者とは、出し物に何かあったときに代表として対応する、という名目が与えられている役職の一つである、が。大概は教師陣でないと処理出来ないだろうし、実質お飾り、の、はずだった。

 彼らには他にも業務が言い渡されている。材料の発注、確認、完成品の紹介、そして、文化祭一日目朝の試食会での調理。

 そう、もう読者の君たちにはお分かりだろうが、ずばり彼が今朝の生活指導主任の一件の犯人だ。

「……なんですかその身振り手振り」

「おお書記ちゃん。どうだ、ちゃんと先生やらは連れてきてくれたか」

「スルーですか……まあいいですけど。ちゃんと来て頂きましたよ」

 調理室の手前の廊下、曲がり角でちょうど書記ちゃんと出会う。その背後には家庭科部顧問の生物の教師と、家庭科部部長、あと成績優秀な家庭科部部員。

 うん、頼んだ通りだ。部長も連れてくる必要まではなかったかもしれないが、参考人及び証拠叙述者として役に立ってもらえるはず。

 昼休憩で生徒会室に戻った際、オレは書記ちゃんに頼み事をした。

 内容は簡潔、この三人を調理室に呼んでくること。しかし、特に理由もなにも伝えていなかったのに、しっかり完遂するあたり、騙されやすかったりするのではないかとちょっと心配になる。後で諭しとこ。

 顧問は、部の責任者としてと、家庭科室の開閉の為に。家庭科の教師が風邪で欠席なので、この文化祭中の家庭科系教室の管理はこの人に一任されている。部長は保険に。その部員は……いずれわかる。

「あっ……」

「? どうかしましたか?」

 曲がり角を過ぎ、オレ達と書記ちゃん一行が合流し計七人の大所帯となる。そして、教室責任者の男子と家庭科部部員の女子が目を合わせ、気まずそうに俯く。

 その動作自体は予め観察していたオレしか気付けない様なものだったが、部員の方が小さく漏らした動揺は、書記ちゃんも聞き取ったようだ。

「い、いえ、なんでもない、です……」

 これはまあ、ビンゴか。

 確信を抱きつつ、調理室へと急ぐ。皆が時間に余裕があるわけでもないし、そもそもこの人数が固まって歩いていれば相当に目立つ。早く入ってしまわなければ。

「先生、お願いします」

「はぁ……手短にしてくださいね」

 家庭科部顧問の生物教師はこうして調理室を開けて、教室使用の監督者となってもらうために呼んだのだ。オレはともかく書記ちゃんは教師陣からの信頼も厚い、やはり委託して正解だった。こんな一見用途もわからない突然の申請に応えてくれる人はそう多くない。

 教室責任者はオレがキャッサバを見せた時から、家庭科部部員は合流してから、なんだか顔色が優れない様子。

 調理室は、電気を点けなくとも日差しが差し込んで十分に明るかった。

「さて、もう既に察している人もいるかと思いますが。一応説明をば」

 家庭科部顧問、文化祭実行委員は訝しげに。家庭科部部員、教室責任者は苦々しく。書記ちゃん、家庭科部部長は何かに思案を巡らせるように。それぞれ多様な反応をしてくれる。

 若干の緊張感、疑念、不安がそこらに張り詰める。騒がしい文化祭が遠ざかってゆく。

 解決編の雰囲気はやはり、こうでなくては。

「手っ取り早く結論から伝えちゃいますと。今調理室に捨てられていたこのイモ、キャッサバを使って、今朝。生活指導主任を、えー、害しようとした……端的に言えば“殺害しようとした”人がいる、と。そう考えています」

 殺害、という非現実的な一言によって一気に空気がひりつく、なんてことはなく。少し拍子抜けする。

 そりゃそうだ、この平和な日本で暮らしていて、そんな単語に敏感に反応する方がおかしいのだ。

 おかしいよな。そこで目線を逸らした奴。

「あの生活指導主任を? そういえば今日見かけない気が」

「そうなんですよ。実は早朝、準備段階に、生活指導主任がいきなりぶっ倒れましてですね。あ、これは広めないようにお願いします。他言無用で」

「え、あ、はい」

 倒れた話はもう広がっている、止めようとしても無駄だ。でも一応、釘は刺しておくに越したことはない。

 書記ちゃんは如何にも大丈夫か? とでも言いたげな視線を寄越してくる。まあ、任せとけ。

「皆様ご存知……ではないかも知れませんが。このキャッサバという芋には、シアン化合物――青酸、が含まれています。地理の先生に確認とりました」

 日本においてはあまり馴染みがない食材ではある、が、これを原料にしたタピオカなら、食べたことがある人も多いのではないだろうか。

 キャッサバは主にアフリカやブラジル、東南アジア辺りで栽培されている作物であり、アルコール発酵によるバイオエタノール製造にも使用されている。基本情報はこれくらいだ。

「これを使ってお好み焼きを作り。食べさせた、と。そうではないですか? 二年五組の教室責任者さん」

「…………はい」

「え」

 あれ?

「僕が、やりました」

 ちょ、ちょっと待った。ここは「なんで僕がそんなこと」とか、「証拠はあるんですか?」とか、そういう事を言うところじゃないのか。

 オレの推理はどうなる? 華麗な解決編はどうなる? 折角反論とか質問のイメトレして備えていたってのに、披露することもなく、これで終わりになると?

 どうにか。なんとかしないと。

「待ってください、彼は、彼は悪くありません」

「! どういうことですか」

「なにを、」

 責任者が喰いしばっていた歯を離すより先に、家庭科部部員が、慌てて割って入ってくる。

 何か関係はしていると思っていたが。やはり共犯の線が濃そうだ。

 しかもこれは、教室責任者の方だけでなく、オレへの救いの手ともなりそうな予感がしてならない。というかそうであってくれ。

「私が、私が彼にそうさせるよう仕向けました。彼は悪くありません」

「何言ってるんだ、違う。僕が自発的にやったんだ。彼女は関係ない」

 そうきたか。先ほどの様子からして事前に打ち合わせているとは思えない、だとしたら大した信頼関係だ。カップルかな、知らなかったぞ。

 だけども悲しいかな、それは想定済みなんだ。

「まあまあ言い争いは止めてください。お二人のうちどちらが犯人なのか、はたまたどちらもなのか、は一先ず置いておきましょう。どうせわかることですし」

 泣きそうな表情で責任を奪い合う彼らを手で制し、ぴん、と人差し指を立てる。

 奇しくも、今のやりとりで推論がだいぶ補強された。彼らは共犯、だ。自白は要らない、全てオレが解き明かそう。

「まず前提条件の動機から。確か生活指導主任は文化部全般に、特に家庭科部などに当たりが厳しかったと聞いていますが」

「うん、それは事実だ。主にうちと科学部、吹奏楽部がよく聞く相手だね」

「あの人は運動部至上主義だからね……」

 問いかけに、部長と顧問が微妙な顔をしながら答えてくれる。噂は本当らしい。

「不当な扱いと妨害、それは一般生徒の間でもかなり有名になってきているほど。であれば今回の件はそれに対する報復、もしくはそれに準ずるものだと思われます」

 理不尽な圧力、攻撃によって押し込められてきた感情が負の方面へ爆発した、と。

 よくあるパターンではある。それを見咎めた親しい人物による代理犯行も、同様に。

「そうであれば、殺そうとまでするのはいくらなんでもやりすぎだ」

「……そうじゃない」

 推理の披露に入ろうとしたところで、か細く、震えた声で、責任者が否定する。

 それは決して、悲しみや怯えなどによるものではなくて。

 同時に、部員の身体がびくりと強張る。彼女の反応を認めた彼は、両の拳を握り締めた。

「それだけじゃ、ないんだ。あいつの差別は今に始まったことじゃない。でも……いい、よな?」

「っ、うん」

 二人は、何かの合意を交わす。なんだか、最初から最後まで想定通りにいかない気がするぞ。もうここまできたら拘らないけどさ。

 なんだろう、弱み握られて迫られたりでもされてんのかな。

「あいつは、家庭科部の不祥事を盾にして強請りを掛けてきやがったんだ。従わなければこの部を活動停止に追い込むと言って」

「不祥事?」

「それは、夏に行った合宿でのことだね。合宿中の食事、私たちで用意した物に中ったんだ」

「症状自体は軽く、診療の結果も大事ではないとのことだったのと、本人のたっての希望で、それはなかったことになった、というかぼくがした」

 部長と顧問が、代わりを受け継いで教えてくれる。まさかのどんぴしゃだった。

 なるほど、食品衛生の観点からして食中毒が発生した部活を続けさせる、文化祭で更に料理を振る舞わせることは咎められるだろう。表に出ては大変なことになる。

 その情報の公開停止と引き換え、というか公開するぞ、と脅してきた、ということか。

「失礼、事情があったことは理解しました。しかしそれでもやはり、殺しをしてもいい理由には成り得ないでしょう」

「そこまでする気はなかったさ。精々痛い目見ればいい、くらいのつもりで」

「下調べが不十分だったのでは。下剤等ならともかく青酸ですよ青酸。よっぽど致命的だ」

「それは会長の言う通りだ。昨日、偶然それを見かけたときに思い付いたから、詳しく調べている時間はなかったし、正直そんなに効くとは」

 思っていなかった。か。

 矛盾点は特になし、何かを隠そうとする様子も、繕う気もないように見える。動機と凶器と犯人が割れた以上、というか犯人が名乗り出た時点でこれは解決となった。不本意だが。

 順番を間違えたな。次からはまず反抗の手順とトリックを暴いてから犯人を指すようにするか。次があるかはわからないけども。

 いや待てよ。

「動機についてはこれで充分でしょう。では、服毒の方法について確認させて頂いても」

「本人に訊くだけで良いのでは?」

「甘いね書記ちゃん。こういうのは客観的な視点が必要なんだ。それに、彼らは共犯。万が一があっては困る」

「はあ……」

 半ば諦めたような目で書記ちゃんは引き下がる。意外にも潔い、いや、面倒だと思っただけだろうなあ。

 さて、準備は出来ている。

「まず、先程彼が述べたように、初手と考案は昨日。スーパーかどこかでキャッサバを見かけ、毒があることを思い出し使えると手に取った」

 場所は特に問題にはならないだろう。最近は珍しい食材が並ぶことも多いし。

 時間も同様。買い出しの時でも帰宅後のおつかい、散歩でもなんでも。気にするところではない。

 ここで注目すべきは、何故そう思ったか、だ。

「二年五組の出し物は食品。それも『サツマイモ』入りのお好み焼き。うん、甘みが強く出る組み合わせだ」

「あ、そうか」

「気付いたようだな。そう、『キャッサバはサツマイモに似ている』。故に代わりとして使えると判断出来た」

 見た目が似ていれば持ち込みは容易。都合がいいものもあったものだ。

 書記ちゃんと、話に付いて来られずきょとんとした顔で空気と化していた文化祭実行委員にキャッサバをよく見せ感想をくれとジェスチャーする。

「そう、ですね。こういう種類だ、と言われれば信じてしまうくらいには」

「ありがとうございます。つまり、持ち込みと使用の関門は最初からなかったんですよ。一応検査も入るだろうから他の団体はキャッサバを堂々と使えないでしょうし」

 これで『どうして』と『どうやって』に説明がつく。追及や否定が入らないということは今のところ大きく間違ってはいない。

 試食会には複数の教員が参加していただろうが、狙い撃ちは難しくないだろう。狙い通りにサーブするだけでことは済む。

「では、それがここに捨てられていたのはどうしてでしょう。普通は持ち帰って処分するはずでは」

「普通はな。でも、万全を期すとなるとそうなるんだ」

 より警戒したからこそ、新しいごみ袋の底で発見されたのである。

 しかし、これまでを打ち切り次に解くべき点を提示してくれるあたり、やっぱり書記ちゃんは助手に向いているかも知れない。

「場合に因ってはすぐに調査の手が伸びるし、そうなればまず疑われるのは試食会だ。そのままここや自分の教室のごみ箱に入れてはばれやすい、他の教室のごみ箱にこれを捨てるのは目立つ、かといってもう使うわけにもいかない」

 これに関しては想像の割合が大きいが、責任者と部員のやり取りからして、確証に近いものは得ている。

 単に元から適量だけ持ってきていれば何ら問題なかっただろう、証拠も残らない。けれど彼は実際に、およそ半分になったキャッサバの処理に困った。

 そこで家庭科部部員の登場だ。

「どうすべきか迷い、貴方は彼女に事の顛末を打ち明け相談した。ですよね?」

「……ああ」

「そこで採った案は至極簡単、十分に時間が経ってから。ごみ袋が交換されたタイミング、家庭科部がここを使い始めると同時にキャッサバを、代わりに捨てたんだ」

 家庭科部のみならず、部活は事前に試食会が開かれることになっている。よって疑われることはない。ごみ袋を検められることもない。

 故に共犯。全てを聴いた部員は、彼の犯行を共に隠蔽することに決めたのだ。

「なる、ほど」

「これで庇い合う構図の理由が成立する。ここまで合ってますか?」

「合って、います」

 震える声を、家庭科部部員は絞り出す。

 申し訳ないが、彼らがその手段を採ったからこそ、オレに発見され、こうして秘密は暴かれることになった。念を重ねたからこそ露見するとは皮肉もいいところだ。

 仮に彼がそのまま廃棄していれば、キャッサバは出てくることはなかっただろう。教師陣は原因を探そうともしていないし。

 ……探そうとも、していない。

 待て。

 ちょっと待て。

 そうだ、教師陣は、生活指導主任昏倒事件の犯人も、凶器も、原因も、何一つ探していない。その素振りすらみせていない。

 捜査する時間はそれはもう豊富にあったはずだ、オレたちが会議室に閉じ込められている間の一時間強。いやそれが本当に全て会議に充てられていたならば。

 書記ちゃんが調べてきてくれた教師陣のスケジュールに関しても、特に滞りなく、特異な時間も無く。

 それは何を示しているのか。

 つまりそれは、探す必要が無いということか?

 全てわかっているということか?

「よって貴方がたは共犯です。形はどうあれ、罪の割合はどうあれ、それは変わらない」

 おかしい。

 やはりおかしい。

 キャッサバの余りはごみ箱にあった。それを一番に見付けたのはオレのはず、オレだけのはずなのだ。そうでなければ残ってはいまい、捨てた本人だって警戒していたはずだ。

 ならば、知りようがない。キャッサバの存在を、家庭科部に募った悪意を、二年五組に潜んだ殺意を。

 わかっていない。そうとしか思えない、それしか有り得ない。

「君たちがそこまで思い詰めていたとは……」

「……すみません。家庭科部には迷惑を掛けないように終わらせるつもりだったんです、けど」

「気にするな。貴方がやっていなくても、いずれ誰かが同じようなことをしただろう。私とかがな」

「部長、それは」

「それくらい目に余っていたということだ。正直に言えば同情の情状酌量も得られよう」

「ぼくも、なんとか動いてみるから。安心してくれ」

「なにも、君たちがこうする必要はなかったのにな……」

 家庭科部の面々と責任者が涙ながらに慰め合う光景も。書記ちゃんと実行委員がなにやら話している様子も。

 全てが二の次に置き去られる。

 何かがおかしい。何かを見落としている。忘れている。逃している。これではない決定的な何かを。

 しかし、ならばこれは? これはどういうことなんだ?

 二年五組の教室責任者及び家庭科部部員による悪意ある服毒、隠蔽。しかも証拠、動機も自白によってすべて暴けている。彼らは確かに犯人だ。自他ともに、それは明らかになっている。

 彼らが嘘をついているとは思えない。だがこの違和感は。

「先輩」

「ん? どした書記ちゃん」

 素直に解決したと喜べず虚空を向いていたオレを、ふわりとした爽やかな香りと、困惑の色をした瞳が射抜く。

 それは二対。書記ちゃんのみならず、遠巻きにこちらを窺っている実行委員も同様だった。

「ちょっと、いいでしょうか。もしかしたら、あの人は失敗しているかもしれません」

「なんだって?」

「キャッサバについては、わたしも聞いたことがあります。うろ覚えですが、文化祭実行委員の方と示し合えました」

 振り返り目くばせをする彼女に対し、実行委員はこくりと頷く。二人はオレが持ち合わせていない情報を共にしていたらしい。

 校庭の方から大きな歓声が届く。それがやけに鮮明で、今更ながら、まだ文化祭の途中だということを思い出させる。

 不穏な空気の流れを肌で感じ取りでもしたのか、家庭科部の三人が話を止め、僅かにこちらに近づいてきた。

「あの、確認なのですが」

「は、はい」

 二年五組の教室責任者は、どういう態度で居れば良いか分からずに、書記ちゃん相手に畏まって返事を投げる。

 口内が乾いて喉が苦しい時の感覚に襲われる、大丈夫だ、オレの推理は、間違ってはいないはずだ。でも、どんでん返しや予想もつかない結末、隠された真実というのはミステリでは定石ですらある、現実でもそれが適用されることもあるのかも知れない。

「そのキャッサバですが、何処で買い求められました? スーパーですか?」

「僕の、家の近くのスーパー、です。普通に野菜売り場の一角にありました」

「ですよね。ならまずそれは当然ですが食用、甘味種であると思われます」

 なんだと。

 いや、そりゃそうだ。そこらのスーパーの野菜売り場に毒物がぽんと置かれているわけもない。危険すぎるだろう。

「苦味種に比べれば甘味種の毒、シアン化合物の含有量は少ないはずです。まあそれでも食中毒事件は起こるらしいですけど」

「だから今回は不発に終わったのかも、ってことか?」

「単にそれだけという可能性もなくはないですが、今回はまた別の要素が関わっていると思われます」

 それだけではないと。まだ、こいつには何かあるのか。

 こつ、こつ。書記ちゃんは大きい歩幅で、ゆっくり、オレたち六人から離れて。全員を同時に視界に捉える位置で止まる。

 ゆらりと彼女の腕が上がり、オレの手のキャッサバを指差した。

「そこで質問です。それ、料理する時に。皮、剥きました?」

「剥い……た、けど」

「なら尚更ですね」

 色合い的にも、甘さ的にも。さつまいもの皮は剥いているとされていた。

 今回は、キャッサバをさつまいもと混同させるため、その作業工程は、ほぼ必須であったといえる。

「キャッサバに含まれる毒ですが。その大半が、外皮に分布しているとされています。そのため、皮を剥いた時点で危険性は大幅に低下しています」

「な」

 彼らがその処置をしたということは、キャッサバから毒成分を取り除いていたということ。自ら凶器の刃を削ぎ落としていたということ。

 何ともいえない驚愕の表情の責任者からして、知らなかったとみていい。

「それに。毒は水に晒したり、加熱することでほぼ完全に抜くことが出来ます。対して二年五組の出し物はお好み焼き。しっかり熱は通っているはずです」

「じゃ、じゃあつまり、毒は」

「その殆どが抜けていたでしょうね。まず効くことはないかと」

 と、いうことは。

 散々引っ張って。ちゃんと推理して。自白も引き出して。ここまで漕ぎつけたけど。

 全部。

「よって。二年五組の教室責任者さんは犯人ではありません。もちろんやったことに変わりはないですが、何も成していないのです」

 無駄だった、ということか。

 

 

 

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