単色の言葉

テキトーに書いたら載せるだけの場所です。

殺人なんて、あるわけないじゃないですか。後編

17,321字

 

 

「それ、は……本当、なのか」

 責任者さんは、喜びでも悲しみでもない複雑な反応を返す。

 本当は不安で仕方なかったのだろう、身体が小刻みに震えている。それもそうだ。一時の感情に突き動かされ、下手をしたら人を殺していたかもしれなかったのだから。

「わたしと、そちらの文化祭実行委員さんの記憶が正しければ。後で詳しく調べてみないと細かいことはわかりませんが、恐らく」

「…………っ、は」

「おっと」

「大丈夫!?」

 自分は犯人ではない、という言葉に安心したのか、責任者さんはふらりとよろめき膝をつく。部長さんと部員さんが慌てて支える。

 頑張ったのだろう。抱えきれなかったのだろう。男子学生一人が押しつぶされそうなほどの重みが、傾いだ彼の背から零れ落ちてゆく。崩壊の音をけたたましく響かせて。

 それでも結局、彼が悪意を持って犯行に及んだことは紛れもない事実のままだ。

 許される、許されないの問題ではない。自分がしたことに責任をもつのは義務に他ならない。

「会長」

「おう」

 目線を交差させ、申し訳なさを伝えると、任せとけ、との意が返ってくる。

 情けないけれど、この場を円滑に終わらせられるのは先輩だけだ。

「と、いうわけで。オレもどうすればいいのかよくわからない感じになりましたが。勝手ながら、ここいらで一旦お開きとしませんか。彼も休息が要るでしょうし」

 乾いた笑いを張り付けた責任者さんは精神的に限界だろう、文化祭への復帰は困難としか。

 それに、怒涛の展開に疲弊しているのは彼だけではない。これ以上続けるのは得策ではない。中でも家庭科部組は話し合う時間が必要だ。

「まあ、話は今日の文化祭一日目が終わってからにしましょう。明日を少しでも晴れやかに迎えられるように」

「そ、うですね。あとで職員室のぼくのところまで来てもらえますか」

「了解しました。ではこれで。出ましょう」

 あからさまに慇懃に振る舞う先輩に促され、全員が調理室を後にする。

 文化祭実行委員さんと家庭科部部長さんが軽く会釈をしたくらいで、皆は言葉もなく散り散りに、文化祭の喧噪に消えていった。

 

 

 

 あとに残されたのは、わたしと先輩だけ。微妙な間が開く。

 実時間にして約三十分ほどの疑似解決であったけれど、それよりはるかにかかった気がしてならない。

「どうしますか、これから」

 難しい顔をした先輩は応えず、顎に手を当てて何か考え事をしている。わたしの声は届いていなさそうだ。

 手がかりは、これで途絶えたのだ。犯行は行われたけれども成されてはいなかった、キャッサバの毒は生活指導主任に効かなかった。

 しかし、だからといってこれで終わり、という風にしてはならない、出来ない。

 あの二年五組の教室責任者さんが犯人ではなかった以上、今朝の件の犯人は他にまだいる。この学校の敷地内に、きっと。

「心当たりが、ないわけではない」

「とは」

「確証はないんだ、そもそもその方向で考えてなかったんだけど、今のが違っていたなら、有り得るかもしれない、程度の話で」

 いつも自信満々でいる先輩のくせに、何故か歯切れが悪い。先輩のくせに。

 よっぽどキャッサバのくだりに自信があったのだろうか。筋道も通っていたし、分からないではないけれど。

 でも、他に候補も情報も疑惑も見付けられていない現状、先輩のその心当たりを頼りにするしかない、というのも事実であって。

「言ってくださいよ。それしかないんでしょう?」

「それはそう……なんだが。証拠が現物で確保できていない限りは、ただの妄想の域を出ないんだ。せめて、ビール缶の一本でも残ってればまた違ってたんだろうが、そんなヘマはしないよなあ」

 難しい顔をして、結局詳細については教えてくれない先輩。の、独り言じみた部分の一つの単語が、意識の端に引っかかった。

 あれ、そういえば。

 関係ないものだろうと思い、特に気に留めなかった要素、物品、証言があったはず。

 それは、一体、なんだったっけ。

「一先ず、生徒会室に戻ろう。この時間帯には誰も戻って来ないはずだ、作戦を練ろう」

「といっても、わたしたちだけではもう手詰まりなのでは?」

「まあそう急くな。ちゃんと応援は呼ぶさ」

「ちょ、ちょっと今ここではやめてください」

 ちゃっかり持ち歩いていたスマートフォンを操作し、誰かに連絡をとろうとする先輩を慌てて止める。周囲には一般客もいるのだ、役員Tシャツを着ているわたしたちが率先して規則を破っていれば示しがつかない。

 しぶしぶ、といった調子に仕舞う先輩の手を引く。幸い生徒会室はすぐそこ、特別棟と教室棟を繋ぐ渡り廊下の近くにある、早く連れて行かねば。

 先輩を半ば引き摺りながら歩いていくと、人の合間から遠目に、生徒会室を覗き込む人の姿が捉えられた。

 それは見覚えがあったし、何なら先刻遭遇したのと同じ人物であることが容易に分かる。

「どうしたんですか?」

「あ、書記ちゃん。ちょうど良かった」

 午前の終わりにごみ捨て場で出会った若手の物理教師は、少しほっとしたように笑む。

 どうしたのだろう。何か用だろうか。それともさっきのことで。

 さっきのこと、で。

「あれ、生物の主任は? 一緒じゃないのかい?」

「お、ええ、今別れたとこですよ。職員室に向かってるはずですけど。呼び出しでもあったんすか」

「そんなとこだ。ありがとうな」

 生物主任、家庭科部の顧問のことだ。ちょっと無理言って来てもらっていたので、呼び戻しがかかったのかもしれない。

 普通に戻った先輩が、一拍返事をし忘れたわたしに代わって答えてくれる。先生はそのまま、渡り廊下から教員棟の方へ向かおうとして。

 そうだ思い出した。でも、これは先輩のいう「心当たり」に該当しているのだろうか。

 いや。

「先生」

「ん、どうした?」

 迷っていてもどうにもならない。背を向けた先生を引き留め、先輩の方へ振り返る。

「先輩、証拠。なんとかなりそうですよ」

「?」

 何のことだ、と言わんばかりに目を丸くする先輩。どうせなら自信満々に振る舞ってしまおうか。

 正直、朝の件とは関係があるとは思えないけれど。まあ、どのみち進展が無いよりはマシだと考えよう。

「言っていたじゃないですか、ビール缶の一本でもあれば、って。すぐそこで」

「ちょ、ちょっと書記ちゃん……?」

「そんなこと言ってたか? んでも、なんで」

「ここでは駄目なので、とりあえず生徒会室入りましょう。先生も、大丈夫ですか?」

「そこまで急ぎではないだろうし、少しならいい、けど」

 元からそのつもりだったわたしと先輩、と巻き込まれる形の先生、三人で生徒会室に入る。三方向の窓により見られはするけれど、話し声を遮る役目はきちんと果たしてくれる。

 本来八人以上で使用することが前提の部屋であるため、三人だけではやけに広く、また寂しくも感じられた。

 エアコンが効いているため、熱気は伝わってこない。ひんやりした空気が心地よい。

 ここで食べたのだろう、お好み焼きや焼きそば、カレーなどの残り香が微かに香る。その中には、当然アルコールの類は混入していない。

 物理教師、からも。

「ええと、会長くんはどこまで知っているのかな?」

「なんもわかんねっす。流石に察しはしましたけど」

 まあとりあえず座りますか、と先輩は着席を促し、自分が一番に座る。勢いに流され、というか断る必要もないので三人で三角形を描くように長机を囲んで座った。

 神妙な空気が生徒会室を満たす。

 文化祭の熱狂が波になり伝わってきて、部屋全体を緩やかに揺らしているような錯覚を覚える。

「酒っすよね」

「……ああ」

「酒盛りのメンバーは、生活指導主任と教頭、チア部顧問、吹奏楽部顧問で間違いないですか?」

「……あ、ええ?」

 いつもとまるで変わらない飄々とした態度で。先輩は確信を突いてみせた。

 先生のその反応から判断出来たのだろうか、そのまま続けていく。

「証拠をください。酒の瓶、缶、紙かプラのコップでもいいです。彼らが今朝アルコールを摂取していたという証拠があれば、犯人を追い詰めることが可能です」

「いや、それは……」

 あまりにも唐突、いや、そうでもないか。先輩の中の心当たりが確証に変わっただけだ。

 しかし、先生にも立場がある、隠蔽の片棒を担いでいたことが明るみに出れば処分は免れない故に、二の足を踏む。

「心配ないっすよ、状況的な証拠ならありますんで。“誰が”飲んでいたかについては独自に追及出来ます」

「なんだ、あるんだったらそれでいいんじゃないのか?」

「いや、そうだったら簡単なんすけどね」

「駄目なのか」

「駄目ですね。っつか、中途半端な物を出しても認めないでしょ。そんな朝っぱらから酒盛りするような人種は」

「うーん、そう言われればそう、だな……」

 どうにも、手の内を見せずに立ち回ろうとする先輩のせいで、話に付いていけている気がしない。

 えっと、今日の朝に酒盛りがあって。その参加者は生活指導主任と教頭とチア部の顧問、吹奏楽部の顧問で。先輩はその酒盛りがあった証拠を持っていて、でもそれは説得力に欠けていて。先生が持っているであろう直接的な証拠を欲しがっていて。

 校内で飲酒。それは十分すぎるほど大きな不祥事に違いない。長引いた会議はそのためだった、のだろうか。

「それで、その証拠はどんなものなんですか?」

「んー、もうそろそろ来るはずなんだが」

「来る?」

「さっき言ったろ、応援呼ぶって」

 背もたれに寄りかかり、生徒会室の外に目を向けた先輩が、そう言うと同時に。

 まるで図ったかのように扉が開けられた。

 先輩の椅子が倒れる。

「はいお待たー、っと、何してんの?」

「び、びっくりした」

 あ、図ってはいなかったみたい。大丈夫ですか、後頭部打ち付けてないですか。大丈夫そう。

 入ってきたのは、ショルダーバッグを掛けた、見覚えがある女生徒。多分二年生、先輩と一緒にいるところをよく目撃するし、対等っぽいから合ってるはず。

 確か、新聞部の部長、だったかな。とするとバッグの中身はカメラか。

 先輩は椅子を直しつつ立ち上がり、新聞部長さんに軽快に歩み寄った。

「それで。ちゃんと撮れてたか?」

「一応は。伝えてある通り、直接的なのは無理だったけど、なんとかそれっぽいのはね」

「充分だ。ありがとな」

 新聞部長さんはショルダーバッグから何枚かの写真らしきものを取り出し、先輩に手渡す。

 それらを捲りながら確認し、先輩は数度小さく頷いた。

「よし、これならいける。今度なんか奢るわ」

「回らない寿司なら」

「それは無理。オレの財布が痩せ細って死ぬ」

「元から太ってないじゃん」

「尚更だって話だ」

「じゃあ回る寿司で手を打とう」

「これがドアインザフェイスかー、勉強になるわ」

 話の内容と流れからして。それが。

「それが証拠、ですか?」

「おう、見てみ」

 先輩は元の席に戻り、机の上に、わたしたちの方に向けて写真を置き、進めてきた。

 先生と共に、それらを覗き込む。

 一枚目は、窓を大きく写したもの。しかしカーテンが閉められ、中の様子は窺えない。

「これは、どこの窓かも室内もわからないな」

「ですね」

 先生と同じ感想を共有する。

 これだけでは、何の情報も得られない、証拠には成り得ない。

「あれ、でもこれ、窓自体は開いてないですか?」

「良いところに気付いたな書記ちゃん。では次」

 そう言って先輩が一枚目を取り去る。楽しんでやってないですか先輩。違いますかそうですか。

 二枚目は、一枚目と同じく、カーテンが閉められた窓をズームアウトしたもの。しかし周りの感じから、調理準備室の窓であることが分かる。

「見た通り調理準備室なわけだが。先生、心当たりがありますよね」

「……酒盛りの現場、だな」

 なるほど、こうして開催現場自体は押さえていたわけか。でも、中が見えなければ、誰がいるのかが分からなければ証拠にはならないわけで。

 それは先輩もわかっているのか、既に二枚目も端を摘まんでいる。

「三枚目いっていいすか」

「勿論」

 捲られた後には、大きく外に出て揺れるカーテンが見えた。つまり。

 中が窺える。残念ながら個人の特定はできないものの、テーブルの上に乱雑に置かれた缶、瓶は遠目に確認できた。

「酒の種類くらいはオレでもなんとなくわかります。これが疑いの根拠なんすけど」

「これを、君が?」

 写真を見た先生は、生徒会室の出入り口付近で手持無沙汰に立ったままだった新聞部部長さんに声を掛ける。

 先輩に渡した後は興味なさげにしていた彼女は、渋々といった感じに口を開く。

「如何にも怪しそうな雰囲気を醸し出しながら調理準備室に入って行くところを目撃したもので。しかも大きな袋提げてたから、撮ってみた次第です」

「な、なるほどな……」

「はっきり特定できるレベルのものが撮れなかったので、出来に関しては心外もいいところですが」

 道理で。そのポリシー? の所為で不機嫌だったんだろうか。

 兎に角、これに因って先輩が疑惑を抱いたのだ。朝、会議室や昇降口、捜査の途中でしきりにスマートフォンを確認していたのも、彼女とこの件に関して連絡を取り合っていたのだと考えれば合点がいく。

 そしてまだ、判明していない理由は。

「でも、中に居た人たちを撮ったものもあるんですよね?」

「ご名答」

 四枚目、と言わず。その下に重ねられていた幾枚の写真を、先輩はマジシャンがトランプを見せる際にするように広げてみせた。

 もう、自然と場所はわかる。調理準備室前、出入り口の扉を捉えたものだ。角度的に階段のところに隠れながら撮ったのだろうことが伝わる。

 連続性を証明するために、五、六枚ほどをあまり間を開けずに撮影されているそれらには。

 扉を開き出て行く手ぶらの教師、合計四人の姿がしっかりと写っていた。生活指導主任、教頭、チア部顧問、吹奏楽部顧問。

「これで特定したわけか」

「残念ながら施錠されていたので中は検められなかったうえ、恐らく丁度回収に来た人物とは入れ違いになったかで、直接的な証拠は得られずじまいでしたけどね」

 新聞部部長さんの写真と、その言葉を受け、記憶の縁で想起されるものがあった。

 何か。引っかかることがある気がする。けれど、違和感程度で、言語化できる段階にない。

 これで先輩たちの「証拠」は打ち止めらしい、先輩は写真を脇に寄せて、先生と改めて向かい合う。

 あとは、先生の持つ「証拠」を手に入れるだけ、と、その眼が語っている。

「……僕も、深いところは知らないんだ。それこそ酒盛りが本当にあったとして、それが今朝の昏倒事件に繋がっているのかどうかも」

「最初はオレもそうでしたけどね。単純に、不祥事を暴いて弱みを握るだとか、曖昧な理由と好奇心で動いてただけでしたし」

「でも君はわかったんだろう?」

「そう何度も確認とられると不安になってきますけど。それなりに自信はあります」

 先輩は、肘をつき掌を組み、先生を見据える。新聞部長さんは、少し離れた窓際で腕を抱えて傍観の構えをとる。

 先生は。力を抜いて、パイプ椅子の背もたれに寄りかかった後、再び身を乗り出す。

「聞かせてくれ」

「勿論」

 そう言い放つと、先輩は大きな音を響かせて立ち上がり、生徒会室に備え付けのホワイトボードに備え付けてあるマーカーを手に取った。

 文化祭の日程や業務内容、連絡事項や昼ごはんのオーダーなどが書いてある中で、比較的大きく残っている余白に、黒いインクが走り、形を成してゆく。

「まず前提として。今日、生活指導主任は風邪を引いていました。まあちょっと咳が出る程度の軽いもんだったんでしょうが」

 丸の中に「主」とだけ書かれた記号の横に、「風邪」という文字が加えられる。

 わたしは直接目撃してはいないけれど、聞き込みの際の証言からして間違ってはいないだろう。

「最近忙しかったんでしょうね、多少体調が悪くともそんなに気にせずに学校に来たと」

「確かに、教員の間でも夏風邪が流行り気味だったな」

「でも、出勤したら思ったより辛くなってきたのか、それとも可愛い女生徒に渡されて無下には出来ないとでも思ったのか。風邪薬を呑んだわけですわ」

 少し悩んだ末に、主任を表す記号から少し離れた位置に「チア部」と書いた後、先輩はそれを丸で上手いこと囲めないか試み、諦めて文字を潰しつつ丸を上書きした。

 そりゃそうだ、「主」と同じ大きさで「チア部」と書いたら同じ大きさの丸で囲めないのは当たり前だ。

 当の先輩は素知らぬ顔で「チア部」から「主」への矢印を引き、それに「風邪薬」と添えた。

 そういえば、チア部部長は生活指導主任に風邪薬をあげたと言っていた。喜んでいた、とも。

「それで酒盛りに出た、と。書記ちゃん、これで何か思い当たることない?」

「えっ」

 先輩は、「主」を含める大きな丸を書き、頂部に「酒盛り」と付けながら、問うてくる。

 思い当たること、思い当たること。とは。

 ここまでの要素は、風邪を引いていたということと、風邪薬を呑んでいたこと、それでお酒を飲んでいたこと、くらいだけど。

 少ない手がかりだけでわかることが、あるとすれば。

「……飲み合わせの話、ですか」

「流石書記ちゃん、正解だ」

「どうも」

「どういうことだ?」

 残念ながら先輩が酒盛りに参加していた人たちの分の記号をも書き始めてしまったので、先生への説明はわたしがやることになったようだ。

「えっと。お酒と薬を一緒に摂ると、薬効が増える、つまり、効きすぎてしまうことがあるんです。睡眠薬等が良く知られているとか」

 昨晩の健康番組か何かで聞きかじっただけではありますが、と念のため付け加えるけど、先輩からの訂正がないということは恐らく合っている。

 では、となると。

「それじゃあ、あの人はそれを知らずに自爆した、ってことか? もしくは薬を渡したそのチア部の子、だったり」

「どっちも違いますね」

 新しく三つ、丸の中に「教」「チ」「吹」を入れた記号を「酒盛り」の中に書き終えた先輩が即座に否定する。

 それぞれ、教頭、チア部顧問、吹奏楽部顧問、か。どれもまあまあわかりづらい、今更だけど選ぶ形式を間違えたのでは、と思う。

「先生も知ってるはずですよ、チア部の顧問と吹部の顧問の仲が悪い、という話は」

「ああ、そういえば。その二人が仲良く酒盛りするのはおかしい、ってことなのか?」

「まあそういうことです。この集まりは偶然ではなく、意図的でなければならないんですよ」

 その二人の不仲は、原因は不明だけど有名だ。チア部に行くときに思い出した。

 誰かがわざとセッティングしなければ、自然とそうなるはずがない。

「チア部部長――薬あげた子ですけど、それは偶然だと思われます。渡したところで、呑んだかどうかまでは彼女は見ていない」

 確か、生活指導主任が薬を呑んでいたのは音楽室近くの水道。吹奏楽部部長さんが見ていたはず。

 でも、それではまだ可能性自体は残っている。

「ちょっと待ってください。誰かがわざと酒盛りを開いたとしても、それに、本当に偶然、参加してしまっていた可能性はありますよね」

「そうだな、それも消しきれない、無きにしもだ。教頭が開いてたらな」

「教頭先生、だけなんですか?」

「残りの二人には、風邪薬服用を知る機会があるからな。チア部部長、吹奏楽部部長がそれぞれ薬を渡した、呑んでいたのを目撃したのはどういうタイミングだったかは覚えてるよな」

 それはもちろん、朝。各部活の事前指導の時間である。

 ステージに立つ団体に対して注意やタイムスケジュール上の制約等を説明する場。に。

「指導、検査が入る場に、顧問がいないはずがない。つまりその二人は、風邪薬に対して各部長が持っていたものと同等の情報を有している、と考えていい」

「そうか、じゃあそのうちのどっちかってことだな」

「このままいけばですけどね。教頭説へのフォローとしては、隠蔽する側としての責任者だから、というのを言っておきましょうか。何かあれば責任を問われるのは会議の音頭をとっていた教頭だろうし、そうなる可能性を見越してやったってのは考えづらい。教頭は隠れ蓑に使われたとするのがもっともじゃないかな」

「ううん、それも一理ある」

 これで、今の容疑者としてはチア部顧問と吹部顧問のどちらかに絞られるわけだ。どちらも、という道も一応無くは無いけれど。

 そういえば先輩は、長机まで出張ってきたおかげで、始めに使っていたホワイトボードの存在を忘れていやしないだろうか。

 目でその存在を匂わせると、先輩は一瞬固まってからまたそちらへ寄っていった。忘れていたようだ。

「忘れてないですよ。必要がなかっただけなんで。では続きですが。ぶっちゃけ犯人はこっちです」

 先輩はその手のマーカーで、候補に挙がっている二人のうちの片方に二重、三重に丸を付ける。

 吹奏楽部顧問の方に。

「そっち、なんですか」

「ん、そんなに不思議か?」

 動機に関しては、生活指導主任の運動部至上主義がそれに該当するだろう、けれど。

 何より、チア部顧問が化学教師なのに対して、彼は音楽の教師だ。その類の知識に堪能だとは思えない、断定するには信憑性が些かばかり足りないように感じる。

「いやいや書記ちゃん、さっき言ってたじゃん。『昨晩の健康番組』さ」

「あ……」

「つまり、誰が知っていてもおかしくないんだ、これに関してはな」

 普通に考えるならば、化学や生物の教師が、彼らくらいしか知り得ない知識を用いてばれないように犯行を行ったととる。

 でも、それを踏まえたうえで。一つ裏をかくならば。そういう考え方をされると、予め想定できていれば。

 マーカーが動く。「吹」と「チ」を同等の矢印が結び、「嫌い」を冠する。そして、「吹」から「チ」へと。太い矢印が、描かれた。

「何故、仲が悪い相手を酒盛りに呼んだか。いいですか、この集まりは『意図的』なんです」

「そうか、相手を貶めようとする為に……!」

「確かに、そうでなければわざわざ呼んだりはしない、ですもんね」

 故に。

 運動部至上主義により不当な扱いをされていたであろう、という動機があり。

 生活指導主任が風邪であること及び風邪薬を服用していることを知り得ていて。

 酒盛りの隠蔽に関して真っ先に責を負わなければならないという立場でもなく。

 恐らく教頭を通して、敢えて仲の良くない相手を故意に呼んだ理由が説明出来る人物が。

「よって。吹奏楽部顧問が、犯人であると考えられます」

 

 

 

 

「――よく、わかったよ」

 幾許かの沈黙を経て。先生は、頷きながらゆっくりと、そう呟いた。

 壁掛けの時計は、先程の調理室での解散から僅かに四半時が過ぎた時刻、午後二時十分を示していた。文化祭一日目の終了まで、もう一時間を切っている。

 まだまだ、その熱狂は維持されている。むしろこの時間帯が人の入りは最高潮だ。学校の至る所からの人の声が、歌が、雑踏が。生徒会室の静寂を乱雑に踏み荒らしていく。

 しばらく動きが無かったことから、汗は完全に引き、若干の寒気が身体を震わせる。

 何が、わかったのか。その答えは、程なくして伝えられた。

「酒の瓶、缶は証拠として使うといい。君たちに協力しよう」

「ありがとうございます。必ず突き止めますんで。任せてください」

 朗らかに、晴れやかに。先輩と先生は笑顔を交わす。

 きっと、先生がまだ隠していると思われる酒盛りの証拠を使えば犯人――吹奏楽部顧問を追い詰めることも出来るだろう。

 例え本当には実行しないとしても、DNA鑑定がどうとか言って、新聞部部長が撮った写真と共に問えば。

「でも、そこまで先生が思い詰める必要もなかったんじゃないですか?」

「え?」

 きょとんとする先生は、きっと自分の進退等と、犯人を見つけ出し悪事を裁く正義を秤にかけ、熟考したうえでその判断を下したのだろう。

 しかし。よく考えなくとも、先生が前面に出てくる必要はないのではないか。

「多分ですけど、まだ持っていることは伝わってないんですよね?」

「だと思う、けど」

「なら、普通に指定通りにごみ置き場に置いておいたってことにしておけば。その後にわたしたちが自主的に見つけても、それも自然な流れになりませんか」

「い、言われてみれば……」

 まあ、どちらにせよ、証拠のアテはついたし犯人の特定も済んでいる。

 あとは、解決するだけだ。大丈夫、問題ない。それもすぐ終わるはず。

 もうすぐで、平和な文化祭が、いや、平和な二日目が。迎えられるのだ。

「とりあえず証拠の確保からだな。行くか」

「どこに置いてあるんです?」

「教員棟南階段の下の倉庫に隠してある。文化祭中は誰もあそこら辺通らないからね」

 意気揚々と皆立ち上がり、酒の瓶、缶が入っている袋をまず回収するべく、出発。

 しようと、していたのだけれど。

 顎に手を当て、何か考え込んでいる様子の新聞部部長さんだけが、その場から動かなかった。

「何してんだ? 行くぞ?」

 生徒会室の扉を半分ほど開けたところで、先輩がそんな新聞部部長さんに気付き、声を掛ける。

 俯いていた彼女はゆっくり目線を上げると、小さく、しかし確かに、言葉を発した。

「……待った。おかしい」

「どこがだ?」

 自分の思考を改めて確認するように、新聞部部長は斜め下を向き、一度、大きく頷く。

 今日だけでもう何度も味わった、不穏な空気。それと同質のものが、生徒会室を覆い隠す。また、日常から切り離される。

「先生。昨日、会議はどれくらいまで続いていました?」

「え、っと、確か夜の十時半くらいまで、かな。教員は多分、今日病欠で来れてない人以外はみんなその時間までは学校にいたはずだ」

「書記ちゃん、昨日の健康番組。何時くらいだったか覚えてる?」

「確か、家に着いたら家族が観ていたから……八時、から、の、一時間番組、でした」

 そうか。

 そういうことか。

 そういった類の食い違いか。

「観ていた家族に教えてもらった、とかは」

「無いな。吹部顧問は独身、一人暮らしだ。浮いた噂も最近聞かねえ」

「それじゃあ、やっぱり最初から知っていた、って線は」

「仮定をそこまで広げるともう何でもありになっちまう、絞れなくなる。そこは仮定として揺るがせたら駄目だ」

 と、すると。吹奏楽部の顧問の先生は昨日の健康番組を観ていない、ということになり。

 アルコールと風邪薬の親和性、薬効の増大の話も、知らなかった、ということになり。

 詰まる所、今回の件の犯人では、なかった、という、ことにも、なってしまう。

 また。

「いや、待て……だとしても、条件は……」

 また、推理のし直し。証拠の集め直し。を、しなければならないのか。

 そんな時間は無い。しかし焦らず、先輩は思考に没入し、諦めずに論理の再構築を開始する。

 このままでは終われない。折角ここまで辿り着いたのだ、必ず解決まで持っていかなければ。文化祭一日目を楽しむことを放棄したわたしもまた、救われない。

 考えろ、考えろ。まだ何か、あるはずだ。残っているはずだ、判明していないところが、見落としている箇所が、きっとある、はず。

「えっと? つまり、犯人は別にいるってことか?」

「かもですね。少なくとも、吹奏楽部顧問ではない可能性はかなり高くなりました」

「そん、な。なら、やっぱりチア部の顧問なんじゃ」

「彼が吹奏楽部顧問を酒盛りに呼ぶ理由がないですよ、相手が知らないと言えばそれまでですし、そもそも自白になる」

「う、うーん……」

 先生と新聞部部長さんも、可能性を挙げては潰して検証していく。四人でやれば新しい視点も生まれ易いはず。

 本人の自滅、には嫌い合っている二人が同じ酒盛りに出ていることからして考えづらい。教頭、も同様で。だとすると、ここでやっぱりキャッサバが効いていた、とかの展開も有り得たり。

 でもキャッサバの毒に関してはこれ以上の後出しの要素は見出せない、どんでん返しは無しだ。若手の物理教師、は酒盛りを提案、実行できる立場にないうえ、現場にいなかったことからも、難しい。

 他に、他に誰がいる。何がある。それだけで前提がひっくり返り、犯人が浮かび上がる証拠とかトリックとか、隠されているものは。

 先輩の方は手詰まりの気配、あるとしたらわたし、なのに。

 最初から、考え直してみよう。

 まず、風邪をひいていた生活指導主任は、チア部部長から渡された風邪薬を吹奏楽部の検査の前後どちらかで飲んだ。

 そして誰かが開催した酒盛りにおいて彼は酒を飲み、アルコールと薬の相性の悪さから昏倒に陥った。

 新聞部部長さんは家庭科準備室から出てくる、酒盛りの参加者だったと思われる四名を撮った。

 ここで、家庭科準備室の中に、誰かが残っていた、という可能性はないだろうか。

「あの、出てくる写真を撮った後に鍵がかかっていることは確認したんですよね」

「ん? ああ、そうだね」

「その時、室内に誰かが残っていた、ってことはないでしょうか。酒盛りに五人目がいた、などは」

「あー、それ、は多分ない、ね。戻ってくると読んでしばらく扉の前で張ってたけど物音一つしなかった。ノックしたり声を掛けても反応なかったし」

 可能性、としては消しきれないけれど、だとしてもそれが誰かわからない以上はそれ以上の話に発展しない。

 いや、待った。

「どうして、中の様子がわからなかったのに、酒類が回収されたものと、わかったんですか?」

「最初のアングルあったでしょ、外から調理準備室見てるやつね。カーテンの具合からなんとか見えてた酒の缶っぽいのが、戻ってきたらなくなってたから。窓が閉まってるのに勝手に倒れるとかは有り得ないでしょ」

「それなら、まあ確かに……」

 調理室準備室の証拠品辺りの疑問やらを挙げてみるものの、収穫はない。

 あとは、あとは。

 ……あれ?

「すみません、酒類が回収された時間帯、はわかりますか?」

「九時過ぎ、頃だと思うけど。何かあるの書記ちゃん」

 その時間だと、一つ、気になることが、なくはない。

 写真を見た後。何かが引っかかっていたのだ、それを思い出した。もやっとしていたそれを、やっと言葉にして表せる。

「誰が、回収したんでしょうか」

「!」

 ずっと真剣な目をして考え込んでいた先輩が、目線を持ち上げた。

 八時四十五分辺りから九時四十五分付近まで。わたしと先輩と、ここにいる先生は、会議室Cにいた。それは揺るがない事実。

 しかし、調理準備室に一旦放置されていたと思われる酒類の袋をごみ捨て場に持って行ったのは、若手の物理教師、この先生だ。

 つまり、現場から袋を回収し、先生に渡した仲介人がいるはず、なのでは。

「私は、わからなかった。ごめん」

「先生は、知ってらっしゃいますか?」

 ごく小さい引っかかり程度でしかなかったものが、何故か、口に出して初めて印象を変える。この質問は、確信に迫るものであると。

 でも。

「いや。それが誰かは」

 わからないんだ。と。先生は、心底悔しそうにそう吐き出した。

 思わず、歯噛みする。もうすぐそこまできて。まだ見えない。その苛立ちが、遣りどころのないもどかしさが、わたしを蝕む。

「そんな」

 これ以上、どこに。何が残っていると。いうのか。

 しかし。目線を持ち上げただけで微動だにせずに沈黙を保っていた先輩は、いきなり大きく腕を広げ、たかと思うと。

「よ、っしゃ!」

 室内のどこかで風船が破裂でもしたかと思うほどの音を響かせ、豪快に手を打つ。

 皆、言葉を失くして先輩へ、驚愕と動揺、そして期待の眼を。向ける。

 口角をこれでもかと釣り上げ、拳を腰だめで強く握り、その双眸を輝かせた生徒会長は、勝ち誇った態度で。言い放ってみせた。

「三度目の正直だ。今度こそ、犯人確保といこうぜ」

 

 

 

 

   ○

 

 

 

 

「先生」

 オレは、その人物に声を掛ける。勿論、正当かつ最もな理由で。

 相手は、ゆっくりと振り返る。余裕を見せて、特に疑いも抱かぬまま。

 一応、呼ばれてもいるから、というのもあるが。それよりなにより、この人が「犯人であるから」だ。

「おお、来てくれたか。案外早かったね」

「そりゃもう。のっぴきならない件ですので」

 文化祭中につき、殆ど他に人影が見受けられない、けれど冷房だけはガンガンに効いている、職員室にて。

 向かい合う。

 一体一だ。書記ちゃんや先生には先に酒類の回収に、新聞部部長には誰もいない部屋の捜索に向かってもらっている。何? 合流してから行けばいいだろうって? 馬鹿野郎、こういうのは勢いと、あと勢いとかが重要なんだ。そういうところでもたもたしてたらいけない。もうすぐ文化祭も終わりだ、手早くいかなくては。

 きっとこの人は、オレが今朝の生活指導主任昏倒事件の犯人を問い詰めに来た、とは露程にも思ってはいないだろう。

 でも、オレたちはもう、わかっているんだ。

「調理準備室に諸々を残していったのは悪手でしたね。もうその時点でゴミ捨て場に持って行かせておけば、ばれることもなかったのに」

「何の……ことだい?」

 本当に何を言っているのかわからない、という表情は秀逸で。オレくらい自信を持っているやつでなければ、自分の推理を疑ってしまっていたかもしれないな。

 だがしかし。ぴくり、と、一瞬、眉間に皺が寄りかけたのを、見落としはしない。

「生活指導主任が風邪薬を飲んだことを知っていた、っていうところがネックだったんですけど。そこは知ってて当たり前、っすよね。だって一緒にいたんですもん」

「……君は、何が言いたいんだ?」

 その堂々とした振る舞いに敬意を表し、こちらもおどけてみれば、すぐにその困惑は立ち消え、威圧するような顔つきに、代わる。

 駄目でしょう、それは。自分は関係していると自白してるようなもんだ。本当に関係なくて、逆にそれが素であるならば主演男優賞獲れますよ。

 まあ、それはそれとして。言いたいことを問われたので、正直に答えることにしよう。

「貴方が犯人、ですよね?」

 ねえ? 『家庭科部顧問の生物主任』さん?

 笑顔でそう言ってやる。職員室の扉が開き、缶や瓶が擦れ合い、ぶつかり合う音がするビニール袋を持った書記ちゃんと、若手の物理教師が入ってくる。

 家庭科部顧問は、そちらに目を向け、全てを察したように瞼を閉じた。

「先輩、持ってきました」

「会長、と呼んでくれ。……さて。もうわかりますよね。それとも、改めて説明した方がよろしいですか?」

 なんだなんだ、と、職員室に残っていた二、三人の教師たちが集まってくる。

 別に、オレとしてはここで推理を披露しても良いのだが。というかむしろしたいのだが。敢えてそれは我慢しよう。謎解きは当事者だけで行うのが美しい。

「いや。いい。ありがとう。まったく、そんな大馬鹿がいたとはな」

「文化祭だからって羽目を外しすぎちゃったんでしょうねえ」

「よし、すぐ向かおう。案内してくれるか?」

「勿論です。行きましょう」

 相手の方からそういう提案がそういう形で出るとは予想外だった。問題はないけど。

 生活指導担当という立場を利用し、他の教師陣に対し、察しろという空気を出しつつ、職員室を出る。

 安全そうな場所を素早く探して来たのだろう新聞部部長の手引きで、生徒指導室に計五人で入室した。

 主任がおらず、使用する人がいないここは、他の誰も入っては来ない。

「すいませんね、いきなり」

「いや。いいよ。……それにしても。どうして、わかったんだい?」

 家庭科部顧問は諦念も露わに、落ち着いた声を放つ。

 オレの推理通りなら、いくら取り繕っても恍けても意味は無い。それを察したのか、それとも単に疲れたからなのか。

 兎に角、待望のオンステージだ。

「決め手になったのは、酒類の袋……これですね。これの受け渡しです」

 いつの間にかどちらも先生が持っていた袋を掌で示し、解説を始める。こちらの三人にも詳しい説明はしていないので、ちゃんと行わなくては。

「酒盛りの後。酒の瓶や缶は調理準備室に放置されていました。が、そこの新聞部部長の調べによると、短時間の間に消えていた。それはつまり、回収要員がいたということに他なりません」

 参加者の四人は、八時四十分頃に、現場をそのまま後にした。回収が行われたのは、九時半前後の数分間。

 しかし、ゴミ捨て場への運搬役に抜擢された若手の物理教師はオレたちと一緒に会議室にいたので、時間的に無理だ。

 となれば、他に仲介する人がいたことになる。酒盛りを知っていて、それを隠匿することに賛成する人物が。

 ここで一つ、思い出してほしいことがある。

「家庭科の先生は今日風邪で休み。つまり文化祭中、家庭科系の教室の鍵の管理は、家庭科部顧問である貴方に一任されていた」

「そうか。その時間帯に回収できるのはぼくだけだった、ということか」

「他の人を使ったとしても、調理準備室の鍵を貸し出すのは貴方なので、どの道加担は明白でしたね」

 もしそうであったら訊き出しや証言獲得に難航したかもしれないけれども。まあ今回は運が良かったということだろう。

 酒類を回収した家庭科部顧問は、教頭を通じて若手の物理教師にそれらを運ばせた。これは運が悪く、上手くいかなかったと。

「ただこれだけじゃあ、今回の『犯人』とまでは断定できませんでした。条件が色々あったんで」

「条件、か」

「そうです。まず、生活指導主任が風邪をひいており、かつ風邪薬を飲んだことを知っている、ということ。次に、風邪薬に含まれる化学物質とアルコールの相性が頗る悪いことを知っていること。そして意図的に酒盛りを開けるだけの力を持っていること。の、三つです」

 静かに見守っている書記ちゃんが頷く。これだけの条件を満たさなければ、今回の犯人には成れない。その特定の難しさを共に味わったのだ、疑問も尚のことである。

 けれど、これらはあまりにも簡単に説明がつく。

「一つ目ですが。これでオレらは随分悩んでたんですけどね。なんてことはない、そういえば貴方は、生活指導主任と一緒に部活の事前指導をしていました。風邪薬を飲むところを目撃しているでしょうね、そりゃ」

 見落としていた。

 それだけならそこの物理教師にも当てはまるものの、同様に酒盛りに関与していないものと捉えてしまっていたため、無意識に候補から外してしまっていたのだ。

「二つ目。これは生物教師である貴方なら知っていて何もおかしくはないはず。少なくとも、吹奏楽部顧問の音楽教師よりかは、ずっと」

 化学、もしくは生物の教員であれば不思議はない。

 昨日の健康番組を教師陣が視聴することができなかった時点で、そこまでは絞り込められていた。

「最後、三つ目。これに関してはそんなに説得力のあることは言えませんが。意図的に開くことも可能だったのでは」

 これだけは、正直こちらからは特定が非常に難しい。ただ、出来そう、出来なさそう、という想像の範疇を超えないのが痛いところだ。

 しかし、家庭科部顧問は嬉しそうに微笑んでみせる。

「そうか、そうか。なるほどね。いいよ、すごくいい」

「……どうも」

「ぼくも結構ミステリは読むんだけどね。こうして問い詰められるというのは、存外気持ちのいいものなんだねえ。こう、自分の意図や考えが人に理解されている、って感じで」

 悪事を、企みを暴かれるのが楽しい、とは。

 実際そんな場面に出くわすのも、問い詰めるのも初めて、況してや犯人側に回ったことも無いので、その気持ちは残念ながら理解出来ない。

 共感を示せないのは他三人も同様のようで、特に書記ちゃんなんかは、軽蔑するような冷たい目を向けていた。何かの間違いでオレに向けられていればそういう方向性に目覚めてしまいそうなほど。

「あ、いや。決して嬉しいとかじゃないよ。でもただ、一応、君の推理の補足というか、ネタバラシがしたいんだ。いいかな」

「構いませんよ」

「では遠慮なく。まず、風邪薬をチアリーディング部の部長に渡したのはうちの――家庭科部の部長だ。ぼくがそうさせた。そして同じ文化部顧問として、生活指導主任に良い感情を抱いていない仲間として、吹奏楽部顧問の彼に酒盛りを開くことを提案したんだ。彼は悪くないよ。準備から何まで、ぼくがやった。唆したんだ。まあそう言っても、どうにもならないかもしれないけどね。チアリーディング部の顧問に参加してもおうと言ったのもぼくだ。彼らは仲が悪かったからね。スケープゴートに使えると思ったんだ」

 今度は、あまり楽しくなさそうに。しかし饒舌に、家庭科部顧問は語る。

 勿論、生活指導主任は文化部に対し理不尽な仕打ちをしていたという。それでも、このやり方は看過できないし、そもそも家庭科部は合宿中の食中毒を隠蔽したという過去がある、その件に関しては、それを指摘した生活指導主任の方が正しいと言わざるを得ない。

 キャッサバの件のとき、それらの事情は把握した。思えば、あの時もそれっぽい言動はちょこちょこあったように感じる。

「ぼくだって悪いことをした。それは自覚している。でもそれで、家庭科部の子が、教え子が脅されるのは違うだろう、と。こちらも弱みを握ってやろうとして、今回のことを計画した」

「成程。……で、これからどうするつもりですか?」

「当然、全部話すよ。これ以上醜い足掻きはしないさ」

 これで、全て解決だ。生活指導主任を昏倒するようにした家庭科部顧問だけでなく、酒盛りを行った生活指導主任、教頭、チア部顧問、吹奏楽部顧問も処分を下されるだろう。場合に因っては学校に報道陣が詰めかけるかもしれない。

 酒が何より好きだという相手に、酒を飲むことで痛い目を見るという経験をさせ、楽しみを失わせようとしたのだろう犯行は、全容を明らかにした。

 これからの段階で色々な事が起こるだろうが、恐らくオレたちにはあまり関わりが無いことともなるだろう。事情聴取くらいは受けるかも知れないが、他はそうでなくては困る。

 だってオレたちは、明日の文化祭の為に、今日、この事件を終わらせたのだから。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 文化祭、二日目は至って平和だった。

 朝に誰かが倒れることも無い。それで会議室に閉じ込められることも。

 酒盛りがどこかで開かれることも無い。それで新聞部部長がわざわざ写真を現像することも。

 一先ず昨日あった事件に関しての告白で、二日目が急遽中止になることもなかった。釈然としないものの、今日を守るためには仕方ないという思いもある。まあその所為で余計な考えをしなければならないので、それに関して負の作用が働いていることは間違いない。うん。

 しかし、摘発はあったようで、酒盛りの参加者と、家庭科部顧問は学校に来ていないようだ。もうわたしたちが介入できることはないだろうけれど、しっかりとした決着を迎えてほしいとは思う。

 もう、昨日の忙しさ、犯人を見付けるという責任感、使命感、時間制限の焦燥感もない。今日も快晴、雲一つない青空が気持ち良い。

 そして、今現在、先輩もいない。

 

「すみません、また会長とはぐれました」

 

 

 

 

 

 

 

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